科学技術論文の書き方
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学術論文とは

学術研究とは

(注意: この節では多分に筆者の個人的見解が含まれ,その意味では単なる随筆の域を出ていない.ここに書かれていることを「その通りだ」と思うか「そんなことはない」と思うかは読者の自由であり,決して著者の考えを読者に押し付けるものではない.)

研究と学術研究

辞書で「研究」を調べると,物事を詳しく調べたり深く考えたりして事実や真理などを明らかにすること,というように書かれている. 小学校などで課される「夏休み自由研究」なんていうのもこの意味で使われよう. 朝顔の成長過程を詳しく記録することとか,新幹線の最高速度・営業速度などを詳しく調べてまとめるとか,などであろう. 過去に同じ研究が行われたこと,だれかの研究と同じであったことなどは無関係であり,努力がそのまま報われる. また,よく「近所のあのおじさんは物知り博士だ」(昆虫博士,鉄道博士,盆栽博士など...) とかいわれ,個人として様々なことを地道に調査累積している方々がいる. それが先行研究をきちんと踏み台にして新たな知見を見出しているのであれば学術研究なのだが,ほとんどはそのような検証をすることなくマイペースで実施されている. そういったものも広義の研究であろうが,学術研究ではない. ちなみにその手の物知り博士は「はかせ」と読むそうだ. 学術上の最高学位としての博士は「はくし」と読む.

学術研究と学位

学術というものはある特定の学問分野の知識知見などを体系的にまとめる骨格である. 古来,学問分野というものは「神学 (theology)・哲学 (philosophy)・法学 (jurisprudence)・医学 (medicine)」の四種に限られていた. このことは中世ヨーロッパの大学学部名からも伺え, 学位名もそれぞれ ThD, PhD, JD, MD といった具合である. 学位名からわかるように神学・法学・医学以外の多くの学問分野は「哲学」の分類である. 「PhD = 博士」と勘違いされそうなのも仕方ない. なお,現在の日本では学位を持っていなくても医師は MD,歯科医師は DDS, 獣医師は DVM といった称号を使用する. これはアメリカでは日本の国家試験に相当するものがなく, 大学院博士課程相当の Medical/Dental/Veterinary Medical School を卒業 (つまり博士学位を得る) することが医師の基礎資質であることから来ており,つまり「医師=博士学位を持つ」,だから「医師=ドクター」ということである. 日本では医学部・歯学部・獣医学部は 6年教育の学部課程+修士課程に相当するとされており, 博士課程相当ではない. この意味では学位を持たない医師を「ドクター」と呼ぶのは日本では疑問が残るが慣習なので仕方ない. アメリカでもそれらは (MD, DDS, DVM 等を授与する) 職業大学院という位置づけであり,(PhD 等を授与する) 学術系大学院とは別系統である. このため,学位を持つ医師は差別化のため, MD, PhD と書くようであり, 法的制度に起因する腸捻転現象である. このような制度は日本でも法曹 (司法資格,Low School),薬剤師 (Pharmacy School) でも適用されつつあるのは記憶に新しい. 法科大学院は修業年限が3年であることから,修士ではなく法務博士 (専門職) であるが,これは学術上の博士学位に分類できるものではない.

本来の大学は学術上の教授研究を行うものであった. 近代大学の構造に指針を与えた「フンボルト理念」にその意義を見出すことができる. 今の日本の大学は高校の延長,あるいは専門学校化しており, 教育と研究の両輪の影はなくなりつつあるのは寂しい限りである. 筆者の経験でも,現在の博士修了の研究開発能力・知識素養は筆者の時代の修士修了程度, 現在の修士修了は同・学部卒程度,現在の学部卒は同・短大卒程度だ,と感じてしまう. もちろんその発端・原因のひとつは「大学設置基準の大綱化(1991年)」と「ゆとり教育(1980年)」にある.

現代では上記4分野が多様化され,学問分野はわかりやすくいえば大学の学部学科の名称ほどに細分化された. 一文字 (場合によっては二文字) 学部の名称などはその第一階層を考えるときに有用だろう. さらに,文科,理科という分類は絶対的・明示的な境界はないものの, ひとつの体系整理として有用である.

  • 文科: 文学,教育学,法学,経済学
  • 理科: 理学,医学,歯学,獣医学,薬学,工学,農学,水産学
それぞれの学問分野はその学問が人間にどのように関わるのか, を示しているともいえる. 大雑把に表現すれば,「人間」との関わりを無視して真理の追究を目指すのが理学 (science), そして「人間」の生活を豊かにすることを目指すのが工学 (engineering), とも言える(言葉尻をとらえる揚げ足取り的指摘は受け付けない). もちろん理学以外であっても,「真理」を内容としなくてはならないのは言うまでもない.

そのような各分野の目的ごとに「体系化された」知識の集積を行うのが学術であり, 知識の集積をピラミッドに見立てたとき, ひとつひとつの石に対応する単位が研究である. ピラミッド内で石の上下関係は「演繹性」を担保するものでなくてはならない。 下の石の結論を「恒真」とする仮定に基づいて上の石は存在する. ひとつでも「恒真」の保証がない論文があればピラミッドが崩れてしまうだろう. これが演繹性である. そう,現実のピラミッドは数千年数万年の時を経れば風化崩壊してしまうだろうが, 学術のピラミッドは未来永劫,風化崩壊することなくそびえ立っていなくてはならないのである. そこではおなじ趣旨を持つ複数の研究は「無用の長物」「無駄」であり, 全く評価されない. ひとつの事柄を内容とする研究はひとつあれば必要十分だからである. すなわち,研究に必須な事柄として「新規性」は極めて重要である. 「夏休み自由研究」「物知りハカセの研究」とは全く次元が異なることを理解していただきたい.

研究のネタ

ネタの探し方,というのは千差万別である. ある分野では系統的に組み合わせ的にネタを生成することが行われる. 「aとb」の組み合わせでうまく行ったから,次は「aとc」だ! という具合にとにかく総当り的に組み合わせて検証する. これを銅鉄研究 (銅でうまく行ったから次は鉄だ!) というそうで, 材料系,物性系,半導体系はある程度はこの方法で論文を濫造 (失礼!) できるようだ. しかしこの研究戦略では常に他者とのリアルタイムの競争であり, 気が抜けないそうである. 金と人的リソースが成否を握る,と言っても過言ではないようだ. 筆者はどうもこの手の研究方式は苦手である.

ある問題の具体的な解決法でないにしても「その種を撒いて水を与えれば花を咲かす」ある程度の方向性があるものがネタ,着想と言えるかもしれない. よくあるのは別の症例に対する処方薬が副作用を起こすことがわかった, そしてその副作用がたまたま有用なものであった,とかである. 育毛剤とかもこのような発端だそうである. 他に,X線の発見,ペニシリンの発見なども偶然の産物として有名である.

たいていは研究のネタはこのようにある日突然降ってくる! 定常的でない現象,不可解な現象に遭遇したとき, それをゴミとみるかネタとみるか,これは研究者の基本資質かもしれない. また,「必要は発明の母」という格言は否定できない. 常日頃から問題意識を持つことが良いネタにめぐり合うことに繋がる.

良い研究とは

研究の良し悪しを十把一絡げに決定することはできない. しかし最低限言えることがある.

医薬品 B の開発を例にとれば, ある先行研究で開発された医薬品 A の目的と同じであっても, その成分・機序が異なれば「同じ研究」ではない. その先行研究の成分 A の副作用とは違う副作用, あるいは禁忌組み合わせが異なれば有用な研究となろう. A は効能は強いが妊婦には悪い副作用があるため処方できない, A に比べると B は効能は弱いし子供には悪い副作用があるけれども妊婦には副作用がない,あるいは別の処方薬と同時に服用できる, などという性質が見いだせればそれは素晴らしい研究なのである.

つまり,「完成された研究」とは「副作用を起こさない薬の研究」ではない. 誤解を恐れずに言えば副作用は生じてもいいのである. どのような薬理でどのような効能があり, どのような条件下でどのような副作用が生じるのか, これらを明確にすることが「完成された研究」, そしてそれを過不足なく記録したものが「完成された学術論文」である. ここを決して誤解してはならない.

研究室のボスの役割

特定の研究のための文献検索でなくても, 日頃から関連論文誌には目を通し,世界のどこでどんな研究がされているのか, 学術研究の動向に注意することは研究者として必須だろうし, 前項の発想段階で無駄を省くための材料となる. 大学の研究室のボス・教授 (企業の研究部門の上司でも同じだろう) の基本資質はここにあるかもしれない. サッカーの監督と同じで,プレーが上手いことが監督の基本資質なのではなく, 采配能力が重要なのである.

「(学生): 先生,…の研究を***という方針でしたいんですけど...」
「(ボス): ああ,その方法なら**大学の**さんとこで似たようなことをしているから,**学会論文誌の**年ころの論文を探してみなさい」

これが即座に言えるかどうかがボスのボスたる所以であろう! これまでの経験では,学生が持ってきたネタの 90% は大昔に既成であり,ここではねられることとなる. その理由は簡単で,あまりに研究動向に無知,論文を読まずに安易な自己中心的発想に頼ることにある.

ただし,そのような応答ができない人をボスに持ってはいけないと言っているのではない. 特にあなたが単に卒業研究を行っている学部生ではなく, 修士・博士課程の学生,あるいは研究者になりたい予備軍なのであれば, それはボスの専任責任ではなく,あなたの責任である. 特に博士課程の学生はその最終段階の訓練をしているとも言える. それ (ネタの選別) ができて一人前の研究者であり,博士学位の担保でもある.

論文の著者名の順序

これは相当にクリチカルな話題である. 企業などであれば査定に響くし,異なる組織の混成チームであれば様々な思惑が絡む. 時には第一著者の奪い合いとなることも... 大学であれば比較的スムーズではあるがそれでも問題はある.

もちろん本来は研究への学術的貢献度である. 実験をした人が貢献が高い,というのは大間違いである. アイディア(ネタ)を提供することと,その実験結果から有意な学術的結論を導出することに学術的意義がある. プログラムを作ったとか,実験したとか,実験装置を作ったとかいうのは労力的貢献であって学術的貢献度は低いといわざるをえない. もちろんプログラムを作る際,実験する際,実験装置を作る際には学術的な貢献が全くない,というのは殆どないだろう. しかしアイディアの提供と結論導出がプライマリなのである. また,論文を書く,という作業はプログラムを作る・実験する・装置を作ることよりもはるかに創造的な作業であるとともに,実は論文を書く段階になって初めて発覚する細かな問題を解決るすことが要求され,極めて多大なる学術的検討を伴なうのである. この意味ではアイディア提供,検討とともに論文執筆も同じくらいに学術的貢献がある,と考えることもできる. 残念なことではあるがこの点で修士・博士を含めてほとんどの大学院学生の研究は疑義があると言わざるをえない. そのような場合にあっても学生を第一著者にするのは教授・上司の温情と心得よ.

ここにリベラルな先生は雑誌論文に投稿する際には学生を第一著者にしないことも意外に多いが,その先生が研究成果を自分のものにした,などという学生は身の程を知るべきである.

このような「学術的貢献順という意味で本来」から外れた著者順にすることは必要悪なのかもしれない. 博士課程学生の場合,第一著者となっている学術論文の有無は学位審査において厳しく判断されることが多い. 逆に第一著者の学術論文がなくても学位を出す大学が有名大学でさえ存在するのはどうかと考えてしまう. だから指導教官の温情が必要となる. また大学・企業に関わらず研究費の捻出も大事な要件であり, 次年度以降も良好な台所事情を維持するためにも学術的貢献とともに金銭的貢献も著者順に影響を与えよう. 医学部などでは医局員,助手,助教,講師,准教授,教授...と10名以上,場合によっては20名以上の連名論文を見かける,というよりそれが大半である. 雑誌論文の第一ページが著者名のみで埋まっている,という異様な光景も珍しくない. もちろんその著者の大半は実験には参加していないが, なんらかの討論,助言による貢献が大なり小なり有った,というのが大義名分であろう. これはこれで白い巨塔を維持するには必要なのだろう. 本文筆者としてはせいぜい著者としては3,4人,あとは謝辞でいいと思うのだが...

私? 私の場合は業績を見ていただければわかる通り, 温情の塊である. 祭祀夜から自分で論文を書いた方が何倍速いか,と思いながら学生が書いた論文原稿に赤を入れている. 私自身も学生時代にボスからそう思われていたのだろうが...

学術研究のフェーズ

研究は,

  着想 - 文献検索 - 理論的考察 - 実験 - 検討 - プレゼン・論文執筆

という段階を含む. ここでは各段階をフェーズということにする. 本項では架空の研究対象「癌の特効薬」を想定し, 各フェーズでなにが行われるのか概観する.

着想

どんな研究をどんな目的で行うか,そしてその方法は... 研究の始まりはワクワク感でいっぱいである. しかしこの段階で失敗すると以後の段階が無駄になる. 「花を咲かすことのできる種」を効率良く選別することが慣用である. 例えば,単に漠然と「癌の特効薬を作りたい」というものはネタの発想としては問題大アリである. それはアイディアではなく単なる願望である. 具体的に「この成分なら癌細胞の増殖を防ぐかな」などという具体的なアイディアが必要である.

前項「研究のネタ」を参照せよ.

文献検索

この特効薬成分に関連する先行研究がないか, 虱潰しに調査する. そう、「虱潰し」である. ほとんどの研究をなし終えてから,あるいは論文を出版した後から 「実は同じ研究が行われていた」ことが発覚するということは, 著者の「責任かつ恥」なのである. 同じ研究があれば以後のフェーズは無用である.

参考文献の引用・参照」の章を参照せよ.

理論的考察

なぜそのような薬効と副作用が起こったのか, 化学的,薬理的にその理論的解明を行う.

実験

マウス/ラットに始まり,最終的にはヒトによる治験まで, 有効性と副作用,などのデータを収集する.

検討

理論的考察と実験結果を突き合わせ, 相違点があればその理由, 場合によっては再考察と再実験を実施する.

プレゼン

ここまでの検討成果を学会で発表する. 発表して世に公表することも重要であるが, 質疑応答によって研究のブラシアップを図ることも極めて重要である.

論文執筆

論文を執筆・投稿する. これが学術研究の最終段階である. もちろん,ここが本サイトのメインテーマである. 「恒真」性の保証のために,論文執筆の手間を惜しんではならない.

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